ヒゲKOBA 回顧録 パート4
本記事はGunマガジン2014年8月号に掲載された第22回の転載です。

ヒゲKOBA 回顧録 トイガン規制 パート4

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文・イラスト/小林太三

お堅い話の完結だ〜〜

「包丁も刃物」「大工さんのノミも刃物」そして「バーテンダーのアイスピック」、これらの実用刃物類は、一発撃ったらその手まで怪我してしまうような未熟な改造モデルガンよりも、何処でも買えて傷も大きく遥かに危険度が高い。
これを野放しにして、何故モデルガンばかりを目の敵のように締め付けるのか? と、当時の技官に詰め寄ったことがあった。
しかし……「それはね、社会的有用性の問題だ。違うのはそこなんだよ小林君」との答えだった。

『社会的有用性』って何?

「包丁をなくせば、料理や食事も出来なくなって一般の社会生活に大きな支障をきたすことは言うまでもないよね。しかしモデルガンがなくても一般の人の社会生活に支障をきたすことはない。

また、モデルガンマニアが日本国民全体の何パーセントを占めるのかを考えると、大勢の一般の社会人が必要としている包丁と、モデルガンマ二アにとってどんなに好きでも、モデルガンがなくても社会生活ができることを比較すれば、その両者の社会における有用性の違いは歴然だね。これが社会的有用性というやつなんだよ」と、社会における両者の根本的な違いについて聞かされたことがあった。

当時、いくら人生の中で一番御託をこねたい40代の私でも、この社会的有用性の話には、全く反論ができなかった。そればかりか、この技官との様々な一問一答と、オモチャ狩り裁判時代に力を貸してくださった多くの法律家の諸先生から受けたレクチャーは、その後の私のトイガン人生において、とても大きな財産となったことは言うまでもない。

確かにモデルガンってモノは、包丁やナイフのような社会的な有用性は乏しい。しかし、これを趣味の対象物として、人生のスパイスとしている人達にとっては、たとえ社会的有用性が乏しくとも、趣味の対象物としての存在意義は、とても大きいことには間違いはない。

このためトイガンに限らず、世の中に存在する様々な趣味の対象物には、その有用性においては実用物ほどの存在理由は乏しいが、人々の心の糧となっている存在理由は、実用物よりも遥かに大きいという“趣味の世界での社会的有用性”があると信じている。

しかしこれ等には、社会的に他人に迷惑を及ぼさないことが、趣味の対象物が社会の中で存在できる最大の前提条件だと、私は解釈している。
この基本条件が遵守できない趣味とその対象物は、一般社会には受け入れられなくなって、次第に社会から消滅してしまった事例は、過去にも少なくはない。

したがって、社会的には誠に有用性に乏しいトイガンを趣味として心の糧に持つ我々は、日本特有の発祥理由を持ったこの趣味が、心ない人達の反社会的な行為により、将来は社会から抹殺されてしまう運命を辿ってしまわないように、肝に命じておくべきだと思う。

先ごろマスコミで、アマチュア用の3Dプリンターを使って、殺傷力のあるプラスチック製の手製けん銃数挺を作ったニュースが話題になった。
今までも時々心ない人が法律を無視して危険な手製けん銃を作った事件はあったが、今回は、最近話題になっていた3Dプリンターを使ったということでマスコミも大きく取り上げ、次第に報道の方向が、本来の手製けん銃よりも、3Dプリンター用パソコンソフトに、「早急に銃の部品と思しき物をキャンセルさせるキラーソフトを入れておくべきだ!」と、真顔でTV番組で主張するコメンテーターやキャスターが現れる始末に、私は呆れてしまった。

世界中で見ることが出来る3Dプリンターで樹脂ジェットして手製けん銃が作れるというインターネット画像。ただしこれは、この模型用3Dプリンターの面白い製作例としてこの販売会社が出したものらしく、これが手製けん銃製作のベストでもベターでもないことは、ちょっと工業基礎をもったモデルガンマニアなら容易に判断できるものだ。
しかし、そんな理解力を持たない非工業系の人達には、3Dプリンターとインターネットが結びつくと、世界中に密造拳銃が蔓延してしまう!! と驚いたのかも。


そしてついに、今までCADデータからテスト試作をしてくれていた工業用試作専門業者がこの騒動に踊らされて反応し、「当分トイガン関係の試作は受けられません」と、依頼を断るケースが出始め、「とにかく仕事にならない!」と、私に電話をして来た同業のトイガン設計者がいた。

これは他人事ではなく、タニオ・コバや他の同業者でも、しばらくは同じことがあちこちで起きるだろうと思うし、これがエスカレートすれば、トイガンのパーツと、ミシンのパーツやエンジンのカスタム・パーツの特徴が類似しているため、“コノケイジョウハ、キンシケイジョウノタメ、キャンセルシマス!!”と、パソコンのソフトにはじかれ、CAM-CADマシンが動かなくなる事態も起きるだろうね? これにはまったく呆れたもんだ。

しかし現実には、5月末の工業新聞に「CAM-CAD業者や3D試作業者の団体が、フィギュア等の許託関連形状や銃器関連形状の試作依頼には、特別に配慮するように」という業者間通達が出されたという記事が掲載されていた。これを読んで、やはり銃が突然伝来した日本国には飛び道具とは卑怯なり! という、戦国時代からの思想が今も生きていることを、実感させられたのだった。

個人用汎用タイプから精密試作用、成形法も可塑性ノズルジェットから光造形等、あらゆる方法の3Dプリンターが使えるようになり、工業デザイナーやメーカーの開発者達は大変仕事がはかどり、その貢献度はとても大きい。
しかしそれが悪用されるか否かは、それを操る人間の問題だ。包丁やハサミに社会的有用性を認めるのに、なぜ3Dプリンターを規制しようと考えるのか、理解に苦しむ。


銃や車が生まれた国は、やはり思想も先進国だった

以前、パリの「エアソフトショー」に出ていた時、会場に遊びに来る警官や軍人達が「鉄砲からは弾が飛び出すが、それを人に向けて引き金を引くのは人間なんだ。だから人を殺すのは鉄砲ではなく人間なんだ!
俺達はこれを誰よりも良く知っている!」と良く語っていたのを覚えている。

実際その通りで、違法銃器を作った人間を取り締まれば良いのであって、作った機械を取り締まろうなんて、全くナンセンスだと思っている。

そして、いまさら法律をあたふたと整備しなくとも、現行法で充分対応できることを、あのTV屋さんたちは勉強してほしいものだ。

しかし、とかく日本では、車を取り締まれば交通事故が減るとか、トイガンを取り締まれば改造事件がなくなるとかいった、安易で的外れな取り締まりが多いようだが、これについて一般の社会人も、多分それが正しいと思っている人が多いんだろうね。だから、TV画面に、とても殺傷能力のある拳銃だとは誰も想像しないようなヘンテコな格好の“黄色や白色”の、岩牡蠣のような形のけん銃が登場しても、誰もなんの違和感も感じないようだネ?

色も白や黄色だから、今度は、総理府令に青や緑も加えろと進言するのかねえ?
とかく日本では、事件が起きると「事件を防ぐためにアレを禁止しろ!」と、短絡的にその対象物を規制しようとする傾向が強い。しかし事件を起こすのは、その道具を使う人間であって、道具自体が勝手に事件や事故を起こすことはあり得ない。

このパーツ類を、政府の銃器用・トイガン用・エンジン用・ミシン用・工作機械用なんて正確に分類できますか?
人間に出来ないことを、どうやってコンピューターソフト化するの?インストールするのは人間だよ??


鉄砲でもノコギリでも包丁でもすべて同様に、本来の用途であれば世の中の役に立つものを、誤った使い方によって過ちが起きるのだから、違反行為や犯罪はすべて当事者の人間の仕業であって、決してその道具そのものがそれを起こすことはないはずだ。

したがって、パソコンであれ、旧式の工作機械であれ、危険な違法銃器を作ることが法律違反で反社会的な行為なのだから、それを罰すれば良いのであって、使った道具に規制をかけてどうするの?

パソコンもフライスや旋盤も、もっと一般的な大きな社会的有用性があるのだから、これを取り締まれば、社会的弊害のほうが遥かに大きいということを忘れないで欲しいと私は思う。

またその後「二度とこういう事件が起こらないように、更に法律を強化すべきだ!」とおっしゃるコメンテーターも多かったが、あの人達は現在の銃刀法や武器等製造法が充分に運用されているという現状を、良く勉強した上での発言なのかと、常識の程度を疑ってしまう。

不法改造や違法銃器の製作は、その手段ではなく結果なのだということを、良く理解しておくべきだろう。
特に工業的基礎知識を持たない文科系のマスコミ人に「作れれば道具は何でも良い。要はそれをやる当事者の考え方の問題」だということと、番組の視聴率アップのための“知ったかぶり解説”が「3Dプリンターとパソコンさえ規制すれば改造銃は取り締まれる」との錯覚がエスカレートし、実社会にとんでもないトバッチリが起きていることも、よ〜く知っておいてもらいたいものだ。

その証拠に、それ等の近代的装備がなかった昭和40年代(1965〜1975)の方が、今より遥かに改造事件が多かった事実をご存じないのだろうかね? そうか! その頃あの人達は、まだオムツをしていた年代だったのか。そりゃあ無理もないやネ。やっぱり戦国時代に外国から突然鉄砲が伝来し、卑怯な飛び道具として実用化された日本には、ヨーロッパのような長い社会背景がないため、同じ武器とはいえ、刀剣のような精神的な背景が育っていないために違法銃器事件が起こるたびに、こんな間違った社会批判がまかり通ったり、いつまでも馬鹿な改造事件が繰り返される原因なのだろうと私は感じている。

『トイガンマニアだって社会の一員のはず』

話を戻そう。とにかく趣味とその対象物は、社会に迷惑をかけないことが、その存在条件なのだから、当該する関係法律に不備があろうがなかろうが、その範囲内で楽しまなくてはいけないことは言うまでもない。だから、もし今の法律に不満があり、これを改正したいと本気で考えるのであれば、マニア達が国会議員という代表者を選び、その改正案を国会に提出して多数の賛同を得なければ改正はできないということを、義務教育で習ったはずだ。

ということは、社会の少数派であるトイガンマニアだけで、現在の関係法律の改正をすることはちょっと無理。
それならばトイガンマニアと業界が、より良く社会的に認知されて共存するためには、現状の法律を良く理解してさらに“上手に遵法”し(ワカルかなこの意味が?)、良い意味で知恵を出し合い、社会と共存できる方向に向かって将来を作り上げることが一番有効な答えだということは理解してもらえると思う。

したがって規制ができた当時のこれ等の法律や総理府令には、立法当時での状況に対応してその詳細が盛り込まれたつもりであったが、それから40年も経てば時代が変わるのも当然のこと。その当時は想像ができなかった製品の登場や、アジアの台頭という環境の変化により、その整合性が次第に崩れてきたため、何回かの改正や解釈の修正が行われている。

その一例で最も重要な事項が、平成15年3月12日の「モデルガン、ソフトエアーガンの区別なく、金属で作られ、かつ、けん銃に著しく類似するものすべてに、総理府例の内容が当てはめられる……」というヤツで、それまで曖昧だった“けん銃タイプの金属製エアガン”も、モデルガンと同様に“白か黄色”でないと銃刀法違反となることになったようだ。

本来ならば、業界の組合や雑誌等がこれ等に付いての指導や解説を担うのが本筋。しかし、立法当時に活動したモデルガン愛好家協会は52年の総理府令の制定後には徐々にその規模を縮小し、その後ろ盾であったMGCの消滅などによって、当時の経緯や法の趣旨とその運用等を実務的に知る現役の業界人は、STGAの事務局長の斉藤氏と私の二人だけになってしまっている。

このためか、業界の出版関係者にも、これ等の大事な変化に対応できずに、平気で黒い金属外装を持ったけん銃タイプのエアガンの記事や広告を掲載している雑誌もある。厳密にはそれは法律違反を幇助したことになるおそれもあるため、これが摘発された場合には、業者も出版関係者も「あの当時僕は少学生だったので知りませんでした」じゃ済まされないことだろう。

今更いうまでもないことだが、私は本来、日本流のモデルガンが作りたくてこの世界に飛び込んだのであって、この業界での評論家でも解説者になるためでもない。だからこの連載では、今までのモデルガンクリエーターとしての裏話やエピソードを、後期高齢者となった今、回顧録として楽しく書き残したいと思っているのです。

でもモデルガンの進化の過程で絶対外すことのできないモデルガン規制。私にとってはこの出来事をバネにして、更なる新しいモデルガンの世界へ転進する原動力にしたかったし、プラスチックモデルガンという新しい境地を開けば、金属時代には考えられなかった“腐らないブローバックモデルガン”の世界に到達できるのではないかという夢を持っていた。この考えから、他の規制反対論者とは異なった総理府例施行後の世界を夢見ていたため、本心ではあの当時の政治的な規制反対運動は好きではなかった。実をいうと回顧録では規制当時のことはサラッと通り抜けたかった。

しかし書き始めてみると、当時を正確に伝えると同時に、時が過ぎるとともに総理府例の本質を理解せず、身勝手にこれを歪めて解釈し、業界の将来を危うくさせかねない事例が増えようとしている現実を目の当たりにした。業者・個人・出版を問わず、無知な“戦争を知らない子供達”になる危険性を回避させたいとの思いで、今までの回顧録とは異質な数回となったのです。

総理府例の施行以来42年間、その詳細内容は、モデルガンいじめの元凶のように捉えられてきたが、規制以前の金属モデルガンの改造事例に当てはめて、冷静な観点から見ると、実に当を得た落としどころの法律だと私は思っている。

当時こんな発言をすると大変な物議をかもしかねないため黙っていたのだが、銃身分離タイプのオートマチック構造の廃止等を冷静にみると、反論はしない方が改造防止の観点からは正しかったと私は思っている。

天文12年(1543)ポルトガルの貿易商ムラシュクシャによって、突然日本に鉄砲が伝来し、これを見た島の領主、種子島時堯が島の鍛冶師八板金衛清定に、この製造法を獲得するように命じてコピーさせたのが始まりで、古来の日本では、鉄砲のことを“タネガシマ”と呼ぶようになった。
そしてこれを、戦国時代の足軽の下級陣笠部隊に持たせ、修練を積んだベテラン武士達の刀や槍が届かない位置から倒して勝利したことから“飛び道具とは卑怯なり、いざ尋常に勝負してこそ武士なりき!”と批判されたことから、以降、現代に至るまで、日本人の間に“鉄砲は卑怯な武器”だという銃器に対する先入観ができ上がったといわれている。


総理府例の細目には、良く見ると細かな点の解釈について触れられてはいるが、条令や法律の文面は、常に簡潔に記すことが趣旨であるために、明記されてはいない部分も見受けられる。

しかしその部分の裏側には「書いてないから良いんだ」と読み取る前に「後から補充できる部分を残しておく」ようにしてあったり、「貴方達の良心次第?」との責任の転嫁と同時に、「読み違えなさんなよ」というボールが投げられている部分に、注意しなければいけないと、私は解釈している。

この点では、当時の警察庁防犯課のO技官は大変厳しかった半面、「良くも悪くもあとの判断は君たちの良心次第。だからこれ以上は厳しくはしない」という温情も垣間見られた。今になって思い返せば、心底には暖かい血が感じられる年配の技官であった。

当時のO技官とのやり取りからは、現在では実質的には日本を遥かに追い越してしまった海外製エアーソフトガンの現状との間に生まれた、多くの矛盾への予測は想像できなかったが、今となっては、当時の内容が、今後への発展の指針作りに、当時の技官との様々なやり取りが、とても大きな判断材料として役立つと思っている。


アメリカのオールドガンショーのスナップ。日本の鉄砲は突然の“卑怯な外来物”だが、アメリカやヨーロッパでは、国の歴史と銃器の歴史がとも深いため、それにつれて銃器の文化も確立されている。このため、銃器犯罪は人、古式銃器は歴史的文化遺産として、その文化的価値は切り離して扱われている。やはりマザーランドの意義は深い。

しかし総理府令の施行から42年が過ぎ、当時私と一緒に警察庁に同行してくれていた組合の事務局長だった斉藤氏、今はSTGAの事務局長として現役だが、彼とて今は白髪頭。当然私も今の社会的扱いは、8年前から後期高齢者だ。したがって当時の警察庁と私達のやり取りを知る業界人は少ない。またこの内容を技術面から咀嚼できる現役業界人はいないだろう。

だから前々回からの『恨まないで裏から見れば……』の話は、当時を知らない今の現役業界人へのアドバイスと、関係法律を身勝手に捻じ曲げて業界の行く末を危うくしかねない人達への警告として、また今後、マニアと業界が進むべき将来への道しるべとしてお役に立てば大変嬉しい……と、書いたからって、近日中にムーさんのいる雲の上へ行こうとしているわけじゃないからね! 後もうチョット、まだやることが残ってるモンでね。

『マザーランドとしての誇り』

本来モデルガンとは、その名のごとく銃器の模型。
そしてこれを楽しむのも“模型趣味としての楽しみ方”であって、決してリアルガンのトレーニングではないのだから、それに相応しい楽しみ方をするのが、その道の本筋だという基本を何時も忘れないで欲しいし、そしてそれが大人の文化だと、私は思っている。

第19回から始まったモデルガン規制の話。こんなに楽しくも面白くもない厳しいことを、延々と書いていることを『あんたは警察のマワシ者か?』と勘違いしないで欲しい。私は決してこれ等の細かい事柄を判断する閻魔様ではない。

これを判断するのは警察庁という名の“閻魔様”で、銃刀法や武器等製造法。そして総理府令という関係法律が、ことの良し悪しを振り分ける“閻魔台帳”というわけだから、私は、皆さんが“銃刀法違反という地獄”に落ちないで、楽しい“トイガン天国という極楽”に行けるようにお手伝いをする“三途の川のやり手ジジイ”の役なんだということをワカッテもらえるかな?。

今から52年前、日本のトイガン文化は、ホンモノの拳銃が持てない日本にあって、当時一大ブームとなっていたTVや洋画のガン・アクションを自分の中に取り込む格好のアイテムとして、ウエスタン・ファッションや映画音楽と一緒に成長し、次第に“テッポウの模型文化”として成長したことは、いまさら説く必要もない。

あれから半世紀が過ぎた今日、1990年代には、日本は世界のトイガンのマザーランドに成長したのだった。しかしたとえオモチャのテッポウでも、輸出産業の大きな柱にはなりえない国情が影響し、今では日本のエアーソフトガン産業は、次第にそのコピーからスタートした台湾へと移り、今や海外では“エアーソフトガンのマザーランドは台湾”と思われているのが現状だ。

したがって日本は次第にガラパゴス化して、世界の中心的存在ではなくなっていることは紛れもない事実だ。日本のトイガン創世紀の人間として、こんなに悲しい現実を見ることは大変つらいのだが、これが今日の紛れもない現状だ。 しかしこれ等のアジアのトイガン生産国には、日本のように創生した歴史を持たないために、エアーソフトガンの“ブーム”はあっても“文化”はないようだ。
だから、日本で生まれたトイガンが半世紀を過ぎたのを機に、これからは、日本のトイガン・ホビーに文化としての誇りを確立させ、たとえ産業的にはアジアにその座を譲るとしても、せめてトイガンを創り出したマザーランドにしかできない存在意義と精神文化を確立させておきたいものだと思う。

そしてこれが、私をトイガン・クリエーターとして育ててくれたこの業界への恩返しだと思っている。
また数回にわたって、現在のモデルガンやエアーソフトガンに必要な法律ができ上がった当時の背景や、関係法律への解釈等について書いてきたのだが、まだまだ書き切れないほど沢山の要素や関係法律は多い。
しかしその辺についてさらに掘り下げて詳しく知りたい方は、下の参考資料を開いてみると良いと思う。トイガンという淵は、想像以上に底が深いからネ……。

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今回の参考資料:
警視庁ホームページ「モデルガン,エアーソフトガンについて」 / wikipedia「モデルガン」 / yahoo 検索「エアーソフトガンのパワー規制」 / yahoo 検索「モデルガン規制」 / yahoo 検索「模擬銃器」 / Biglobe,ne[日本の武器兵器] / Cobra's hobby「モデルガン規制」 / Welcome to manosun / STGA 資料 / ASGK 資料


小林太三 (こばやし たぞう) 小林太三 (こばやし たぞう)
元MGC副社長、現(有)タニオ・コバ社長。
1936年生まれ。海外にもその名を轟かせるトイガンデザイナー。少年時代の模型趣味からモデルガンメーカーMGC入社。様々な人気モデルガン、エアガンの設計を手掛けたトイガン界の重鎮。

2015/05/08

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