日本のエアソフトガンが「0.98J規制」になった理由
はじめに
2025年11月18日に報じられた「準空気銃所持で10人書類送検」のニュース ※2 は、エアソフトガンに関する社会的な関心が再び高まっていることを示している。
押収品の中には「模造けん銃」として扱われたグロック系モデルもあり、外観規制についても注意が必要であることがニュースからうかがえる。
ここでは、日本のエアソフトガンが0.98Jという独自の威力規制に至った経緯と、模造けん銃扱いの理由を、歴史と法令の観点から整理する。
1. なぜ「0.98J」なのか?
●高威力化と事件の発生
日本のエアガン規制が大きく動いたきっかけは1990年代だ。
当時、エアガンやガスガンの改造パーツが急速に普及し、とくに高圧ガスや圧縮空気を用いて極端に初速を高める“危険改造”が横行した。サバゲーでは1Jをレギュレーションの目安 ※3 とすることが多かったが、一部のユーザーは玩具の枠を超える高威力のエアガンを所持していた。
当時はエアガンの威力そのものに明確な法規制が無く、玩具銃であるエアガンと、狩猟・競技用の空気銃との境界はあいまいだった。また、ASGKは0.4Jから1J、JASGは0.8J ※4、MGCは0.4Jなど、メーカーや業界団体、時期によって基準値がバラバラで、その強制力にも限界があり ※8、業界団体に所属しないメーカーの高威力なエアガン ※7や、海外製エアガンの流入も問題になっていた。
その結果、2000年代に入って高威力エアガン、改造エアガンによる発砲事件が相次ぐ。
熊本県の強盗殺人事件(2000年)や、阪和自動車道での連続銃撃事件(2005年)、高威力改造パーツ販売業者の摘発が続き、世論は規制強化へ大きく傾いていった。
●当初の威力案はもっと低かった?
こうした状況を受け、警察庁と業界団体、有識者(トイガン文化を守る会、エアソフトガン安全会議など)の間で、“エアソフトガンを合法として存続させるための威力基準”の協議が始まった。
当初は 0.4J、0.6J、0.8Jといった"低威力案"や、海外のように“本体を着色する案”まで議論されたが、
サバゲーで十分な飛距離が得られなくなる
-
APS競技などのルール維持が難しくなる
エアガンの魅力・産業基盤が損なわれる
といった懸念が次々と示された。
●警察庁との協議を経て、『0.98J』に一本化
日本のエアソフトガンに「0.98J」という威力上限が導入された背景には、ひとつは医学的見地 ※5から、そしてもうひとつには20年以上続いた業界の自主規制 ※6など、行政との多方面の調整がある。
最終的には2006年に、「人を傷害し得る威力を下回り、かつ長年の自主規制値(約1J)に近い数値」として、6mmBB弾で、0.989J(3.5J/cm²)未満 ※1 がエアソフトガン、それ以上は準空気銃として所持が禁止された。
ここに至る交渉の裏には、
- エアソフト文化を守りたい有識者
業界団体の担当者・技術者
医学・安全性を精査した専門家
など、多くの関係者の努力があった。
いま私たちが“遊べる環境”を維持できているのは、この取り組みに関わった人々が 0.98J 規制を勝ち取ってくれたおかげだ。
0.98J規制は内閣府令で定められており、重大事件が再び社会問題化すれば、数値がより厳しい方向へ見直される可能性もある。
0.98Jは“なんとなく”決まった数値ではない。
国内での安全性・遊戯性・競技性・産業基盤を総合的に両立させるための、“最適解に近い落とし所”として選ばれた数値だ。
この先人達の努力を無駄にしないためにも、ユーザー側が正しく法規を理解し遵守することが欠かせない。
2. “模造けん銃”規制とは何か?
威力とは別に、銃刀法には外観規制が存在する。
たとえ弾が発射できなくても、次の条件を満たす場合は模造けん銃として扱われる。
外観が拳銃に類似している
材質が金属などで構成されている
実銃と誤認されるおそれが高い
つまり「安全な威力=合法」ではない。
外観が実銃すぎればアウトである。
3. グロック金属スライドが“模造けん銃”とされる理由
今回の事件の押収品一覧の中には、「模造けん銃」の分類としてグロック系モデルが含まれていた。
これは非常に重要な示唆を含んでいる。
●「スライドだけ金属ならセーフ」は誤解されやすいポイント
ネットでは
“フレームが樹脂だから問題ない”
“スライドだけ金属ならOK”
といった解釈が根強い。
しかし実際には、今回のように
フレーム樹脂 × 金属スライドのグロックも模造けん銃として扱われた例がある。
また、ハイキャパ系モデルについても、金属スライドモデルが模造けん銃とされた事案 ※9 が報道されている。
理由は、
実銃グロックは樹脂フレームが標準
金属スライド化で外観の実銃性が増す
- 警察側が“実銃との誤認”を懸念しやすい
ためである。
●メーカー品は安全マージンが設計されている
国内メーカーで、ASGK・JASG・STGAなどの業界団体に加盟している企業の製品は、
外観・材質・構造の基準をクリアしているため通常は安全だ。
一方で、
団体未加盟メーカーの海外直輸入の金属モデル
個人輸入の金属パーツ組み合わせ
金属スライド単体での改造
は、外観基準を満たさず、模造けん銃に該当するリスクが高いので注意が必要だ。
まとめ
0.98J規制は、
高威力化と2000年代の事件
安全性を考慮した基準設定
業界と行政による丁寧な調整
によって導かれた、日本独自の「安全と遊びの両立点」である。
今回のグロック押収が示すように、外観規制(模造けん銃)は威力とは別問題であり、金属スライド化したグロックは実銃と誤認される危険性から検挙対象となることもある。
エアソフト文化を守るためには、0.98J規制の歴史と外観規制の実情を理解し、安全に遊ぶ方法を選ぶことが、ユーザーに求められている。
※1 銃刀法施行規則では、弾丸の運動エネルギーを「弾丸先端から 3mmまで の断面積」で割った値が 3.5 J/cm² を超えるものを「準空気銃」として所持禁止としている。
この「3mmまでの断面積」は、警察庁通達および業界実務により 「先端から3mm位置の断面積」 を用いることで統一されており、これは皮下損傷に関する医学的観点から設定された値とされる。
この基準に換算すると、6mmBB弾では約 0.989J、8mmBB弾では約 1.649J 以上が該当し、合法なエアソフトガンはこれ未満に制限されている。閾値を超えないよう下三桁は切り捨てて表現することが多い。
(測定条件:温度25–35℃、測定距離0.75–1.25m)
※2 読売新聞オンライン >リンク
※3 一般のエアガンは1J以下、ボルトアクションライフルは1.2JまでOKといった機種別のローカルルールがあった。
※4 ASGKは当初0.4Jから0.8Jへ変更、JASGは0.8J+0.2Jの許容範囲を基準値としていたが、実際には加盟メーカーでも基準値を上回る威力のエアガンを発売しており、一部製品が改正銃刀法施行を機に回収・改修された。
※5 警察庁生活安全局生活環境課の菊澤課長補佐(2006年当時)によると、3.5J/cm²値は医学的データ根拠によるもので、業界団体の基準値や、ユーザー間のレギュレーションは考慮していないと月刊Gun 2006年9月号にて述べている。
※6 エアソフトガン安全会議代表の木村晋介氏によると、0.98J規制値は「20余年に亘る自主規制の歴史と、以上の運動の成果」と述べている。>リンク
※7 デジコン社製のエアガンが阪和自動車道事件に使用されたことが月刊Gun 2006年10月号に記載されている。
※8 日本遊戯銃協同組合(ASGK)はデジコン社に対し高威力エアガンの販売中止と、各問屋へ取り扱い中止を要請したところ、逆にデジコン社から独占禁止法違反で訴えられ和解金2千万円を支払い、事実上の敗訴となった。(1997年判決) >リンク
※9 2025年6月、毎日新聞、NHK、時事通信社などが報道 >リンク
参考リンク
日本のトイガン業界団体
ASGK (日本遊戯銃協同組合) 1986年発足
※日本遊戯銃協同組合の前身である「エアソフトガン協議会(ASGK)」は1981年6月1日発足。自主規制要領の制定は1981年7月3日。
JASG (日本エアースポーツガン振興協同組合) 1999年発足
STGA (全日本トイガン安全協会) 2007年発足
※各団体の最新加入組合員は各サイトにてご確認ください。
[外部リンク] 銃砲刀剣類所持等取締法
[外部リンク] 内閣府令
第二条(弾丸の運動エネルギーの値の測定の方法)、
第九十九条(人を傷害し得る弾丸の運動エネルギーの値)、
第百二条(模造拳銃)、
第百三条(模擬銃器に該当しない物)
■関連リンク




