『ハイブリッド戦争の時代─狙われる民主主義』


♪新進気鋭の研究者によるハイブリッド戦争の本格的研究!
ハイブリッド戦争の時代─狙われる民主主義
志田淳二郎著(名桜大学准教授)
四六判216ページ 定価1600円+税

2014年のウクライナ危機以降、ハイブリッド戦争という言葉が頻繁に用いられるようになった。尖閣周辺での中国の挑発行動や台湾有事の可能性を抱える日本でも、ハイブリッド戦争への関心が急速に高まっている。ところが、論者によって「ハイブリッド戦争」が指し示す世界観が大きく異なっており、かえって、この言葉を用いることで、無用な混乱が引き起こされていることは否めない。ハイブリッド戦争とは、国家主体が、あらゆる手段を駆使しながら、正規軍による武力行使未満の行動をとることで他国に危害を与える事態を指し、そのターゲットは民主主義だ。国際政治学の視点に立つハイブリッド戦争の研究が、米中露の大国間競争下の生き残りをかけた日本に求められている。ハイブリッド戦争の概念の変遷から、ユーラシアの東西における数多くの事例を紹介し、日本外交・安全保障への提言を盛り込んだ新進気鋭の研究者による意欲作。

著者の言葉(一部)

二〇二一年一月二〇日、寒空の下、米国の首都ワシントンDCで、第四五代米大統領ジョー・バイデンの就任式が行なわれた。その日のナショナル・モールには、新大統領誕生を祝福する何千何万という群衆の姿はなく、地面一面に何千と敷き詰められた小さな星条旗の数々が、肌寒い冬の風のなかでなびいていた。

静かにたなびく無数の星条旗は、まるで、二〇一九年一二月から世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの犠牲者への哀悼の意を表していたように思えてならない。新大統領の就任式が開催される頃、コロナによる米国人死者数が累計四〇万五六〇〇人を数え、第二次世界大戦による米軍死者数を超えた。

感染症により、米国は国家的危機を迎えているわけだが、米国の政治社会における分断も深刻である。バイデン新大統領就任式に、現職のドナルド・トランプ大統領は、出席を拒んだ。現職大統領が新大統領の就任式に参加しない事例は、南北戦争後の一八六九年から数えて、実に一五二年ぶりのことであった。

思えば、二〇二一年は、中国共産党結党から一〇〇周年、ソ連崩壊から三〇周年、米国の「テロとの戦い」開始から二〇周年という節目の年でもある。米国の戦略家エドワード・ルトワックが述べるように、中国は「平和的台頭」から「対外強硬路線」を経て、「選択攻撃」に戦略をシフトする「中国三・〇」の状況にある。

ロシアのウラジミール・プーチン政権は否定しているものの、ウクライナ、ベラルーシ、コーカサス地方、中央アジア一帯で、ロシアが「ソ連二・〇」を創設しようとしているのではないかという懸念もある。こうした状況下にあって、トランプ前政権は「テロとの戦い」ではなく、米国の安全保障政策上の最優先課題として、中国やロシアとの大国間競争を掲げたのだった。

二〇二一年に発足した米国新政権が、大国間競争路線を継承するかどうかは、後世の歴史家の手による評価を待つことにしよう。二〇二一年以降の世界を生きる我々は、米欧の安全保障専門家が指摘するように、大国間競争の時代にあっては、通常の武力行使未満の紛争形態が多発する恐れがあることに、注意をはらわなければならない。

その紛争形態とは、すなわち「ハイブリッド戦争(Hybrid War)」である。

 

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

名桜大学(沖縄県)国際学群准教授。1991年茨城県日立市生まれ。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー)政治学部修士課程修了、中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。中央大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンDC)客員準研究員などを経て現職。専門は、米国外交史、国際政治学、安全保障論。主著に単著『米国の冷戦終結外交―ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、2020年)などがある。