ドイツの傑作暗号機「エニグマ」

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エニグマはドイツ軍が採用した小型携帯可能な暗号機で、ドイツの敗戦まで第一線で使用された傑作暗号機であった。だが、所詮は人間が作った暗号機であり、その暗号には規則性があり、その暗号が困難か、比較的簡単に解読できるかの違いだけであった。

エニグマを発明したのはユーゴー・コッホなるオランダ人が1910年に発明したと言われる。彼は1910年10月にハーグで「シークレット・ライティング・マシーン」として特許を得ていた。彼は製品化を望み、会社を設立したが上手くいかず。結局ベルリン在住の発明家であるアルツール・シュルビルスに特許を売り渡してしまった。

シュルビウスは「エニグマ」と名づけた暗号機は当初、ローター式の原始的な物で、これは1923年に開催された万国郵便連合の総会で公開され、翌24年にはドイツの郵便局が万国郵便連合と挨拶を交わした。

だが、そもそもこの機械は軍事的な機密保持を目的とした物ではなく、結局は彼もパテントを別会社に売却してしまった。

エニグマがドイツ軍の目に止まったのはその後である。当時ドイツは優れた暗号機を探していた。それを試したのがドイツ国防軍司令部の通信部長となったエリッヒ・フェルギーベル大佐であった。エニグマは作りが丈夫であり、高価でなかった。何よりも修理が簡単な上に、鍵を変えることで暗号を無数に作り出せることであった。また、敵の手に渡っても使用法を知らない限りは無用の長物であった。

また、当時のイギリス軍事情報局6部がエニグマの解読に躍起になっていた。最初にエニグマを解読成功したのはポーランドの秘密情報局であった。だが、彼等の解読方法は数学的処方で完全なものではなかったと言われている。

初めて軍用エニグマの解読に成功したのはフランスだった。しかも、それは以外にもドイツ側の裏切り者によってもたらされたのである。彼によってエニグマの教本と暗号化された電文と暗号化される前の電文がもたらされた。フランスはこの裏切り者に莫大な報酬を支払ったという。そうしてフランスでも複製エニグマが製作された。

更に1938年イギリスにエニグマを製造していたユダヤ人との接触を持った。彼はエニグマの複製機を作る技術と、複雑なローターの配線図を持っていた。彼はその代価に1万ポンドとイギリス発行のパスポート、更にフランス居住許可証を求めた。彼の知識はイギリス軍を大いに喜ばされた。

エニグマはドイツ全軍ばかりではなく、カイテルの下の国防軍統帥部長アルフレード・ヨードル大将並びに,彼を補佐する参謀達にも使用された。また、空軍のヘルマン・ゲーリング元帥を始め、Uボートや小型艦艇にも装備されるなど多岐に渡って使用されたのだ。

一方、イギリスではエニグマの複製機である「ボム」を作成した。後にこれらは「ウルトラ」という秘匿名称が与えられ、秘密裏に解読作業は続けられた。

しかし、解読されたとは言え、エニグマの様に使用する鍵を変えさえすれば、無数の暗号を作り出せるエニグマの性能がいかに優れていたかが知れる。

結局ドイツは敗戦まで、エニグマが連合国によって解読されていることを知らずにエニグマの使用を続けたのである。

(藤原真)